世界樹の迷宮日記SS

最早何もかもが懐かしい三階での金欠日記。
二ヶ月ぶりなのでタグがどれだったか忘れてた。



世界樹変異生物は外見上どれだけ元の動物種の形質を残しているように見えたとしても、本質的にゲノム情報が世界樹によって構成し直されてしまっているため、その生体的性質はほぼ植物に順ずるものとなっている。細胞壁の存在に加え木化や炭素化合物で硬化を為された組織で構成された強固な外骨格を持ち合わせ、体表面で光合成を行ってエネルギーを取り出し、単にバラバラに刻んで殺しただけでは再分化を果たし二週間程度で再び元の一個体の姿を取り戻す。形態モデルとなった生物と駒とは外見が似ているということ以外は全く別の生物と化しているのだ。
例えば毒蛾に似た姿を持つ駒をサンプルとしよう。本来の毒蛾はエステラーゼ、ヒスタミンなどの神経伝達物質分解作用を持つ毒を鱗粉ではなく尾部の毒針毛に持つが、この駒は羽から鱗粉状のアルカロイド、成分としてはトリカブトのアコニチンに似たものを噴霧する。呼吸器系や経口摂取などで吸引してしまうと神経系に障害を起こし、ものの数分でまともに活動できないほどに体力を奪われる結果となる。
外見から判断して伝達物質分解酵素に対する阻害剤を調製したとしても効果はまるで無い。むしろ植物毒に対する解毒剤を揃える方が、将来的にこの駒とは別の毒を持つ駒と遭遇した時のための対策として有効であると思われる。
忘れてはいけない。私たちが相手にしているのは、あくまで「動物の皮を被った植物」なのだ。


……まあもちろん、こうしたことを事細かに知っているということは、彼らが身を以ってそれを体験したからに他ならないわけであり。




「いいかお前ら、死ぬ時は葬式代を自分で稼いでから死ねー。治療費がバカにならねえんだ」
エトリアの外れにある施薬院の前。ようやく動くようになった体を根性だけで直立させ、同じくふらついている眼鏡少年と毒舌美人に訓示を垂れる剣士が一人。
そしてその後ろでは出納係のレンジャーが財布をひっくり返して涙目になっていた。
「ああもう、毒の回りが速すぎて戦闘不能者続出、挙句の果てには宿代すら出ない自転車操業なんですが〜」
「何だとぉ!?」
毒を吹くアゲハチョウにやられて全身を痙攣させる羽目になったメンバーを解毒し、輸血し、どうにか自力で動けるまで処置してもらったところで身銭が尽きた。特に輸血代が痛かった。革袋の中には既に十円玉が二つしか入っていない(何故かエトリアでは扶桑と同じ貨幣や紙幣が用いられている)。扶桑での金銭感覚に慣れたルヴィには一瞬絶望的な額にも思えるが、扶桑の約百分の一というエトリアの物価では駆け出し冒険者ならば一泊分の宿代くらいにはなる金額だ。そう、駆け出し冒険者ならば。
「もう初心者用補助金も段階的にカットされてきてますから、これだと私たちは無理なんですよぉ〜」
何てこったまたギルドのタコ部屋泊まりかい、と肩を落とす俊悟。
エトリアで冒険者登録を完了した段階で、冒険者はギルドから共用の宿舎に個室を支給される。だがこれがやたらと狭くベッドは硬く食事は出ず、まともに休める気のしない代物なのである。そのため冒険者達はほぼこの部屋を私物置き場として扱い、余程のことが無い限り街の大きな宿で生活するのだ。
そんな個室を休息場として常用していることからしてスィケイダーの清貧ぶりが窺い知れようというものである。
「家計が火の車な所で悪いが、あのカマキリは相当手強そうな気配がする。余程装備を整えないと即死しかねんぞ」
藍が自前で調合した強壮剤を飲みながら気軽に口に出した内容に、ルヴィの表情がさらに変化。諦念の混じった泣き笑い。そこにはこう書いてある、ああ、笑って生活費が誤魔化せたらどんなに素晴らしいことでしょう。
「逃げて進むっていう選択肢はないんでしょうか……」
「こいつが新種を見過ごすと思うかよ……」
「♪! ♪〜!」
「ハピがオカリナ欲しいってさ」
『後だ後――――ッ!』
留守番の出迎えのため唯一無傷なハピの能天気な要求に声を揃えて怒鳴った彼ら。
その耳に、亡霊のような声が。




「……そ、それより早く応急手当をしては貰えぬだろうか……」
「ほう、なにやら新種のモンスターが視界の端に。『デカブツ血ダルマ』とでも名付けるか」
身を呈して中毒者を無事に街まで送り届けたというのに扱いの悪い男。それがビリー。