何とか自分的〆切には間に合ったが三月がキツイな……やっぱ一月に百枚なんて私には無理だって……
ちなみに私は名前を考えるのが非常に苦手なのであっちこっちで名前を使いまわします。それはもう初期の新井素子さんのごとく。
と言い訳したもののハンドルに自作キャラ名使うのはやっぱりイタいことに変わりはないなちくせう。




人間というものはどれだけ苛酷だと思えるような環境にでも、最低限生存が可能ならばいつの間にか慣れてしまうものだと、十七年で思い知った。
その逆に、これ以上無いほどに幸福に満ち溢れたと思えるような生活だとしても、それが当たり前のものになってしまえばいつの間にか飽きてしまうものだと、この二年で思い知った。
つまるところ――――彼はいつでも退屈していたのだろう。
俊悟が感傷的な気分に浸っているのは、再び彼にとっての環境が一つ、小さくても決定的に変化してしまう日が近づいているからだった。その地にまつわるものは辛い思い出の方が多いとはいえ、曲がりなりにも生まれ故郷が消えるのだ。いや、だからこそ――――幸せな思い出が多いよりも単純ならぬ思いがある。
「何をぼんやりしてんだ?」
傍らの修司に声をかけられ、彼は我に返った。
目の前の景色は既に区域間を結ぶ通路のものになっていて、明確に記憶に残る最後の光景が出撃前のブリーフィングルームだったことからすれば、相当の時間意識を宙に浮かせていたことになる。気もそぞろなままで動き回ることが少なからずある俊悟とはいえ、仕事中にこうも長時間黙り込んでいたとなれば修司がいぶかしむのも当然のことだろう。
とは言え、なんとはなしにホームシックもどきに罹っていることを口に出すのは躊躇われたので、少しばかり迂遠な話題で返す事にした。
「ああ。この仕事もそろそろ終わりかと思ってな。やってる間は面倒だと思うこともあったが振り返ってみればこれ以上無いほど適当に過ごしていても文句を付けられない程度には俺の性に合った内容だったからしてこの既得権益を失うとなるとこれから先何をして食っていったら良いやらと」
「何だ、つまりは寂しいのか」
流石に丸分かりである。
「……まあ、お前くらいの実力を持っている奴がそう言うのは分からないでもないけどな。こっちは常に必死だったからそこまで惜しいとは思わねぇよ。寂しくなる、ってのには同意だけどな。
つーか、あれだけの修羅場を潜り抜けたお前が今更未来について不安に思うのか?アレか、武人は平穏な世には居場所が無いって奴か」
などと苦い顔をする修司に気楽に手を振り返し、
「んなこたーないさ。平和なら平和なりに過ごし方くらい見つかる。どんな変なところだって二ヶ月もいりゃ慣れるだろ。今までずっとそうだったんだ」
だから逆に寂しいのかもな、とは思うのだ。
怒りも悲しみも憎しみも達成感も喜びも愛情も感動も何もかもが一過性で、どれだけ積み上げても過去の想い出は決して現在の自分を揺さぶるまでには至らない。
恐らくは、また半年もすれば故郷を失った悲しみにすら飽き果て、複雑な思いを抱えたことも忘れてしまうのだろうという推測は、自身の感傷を否定する。
(適応能力が高いっていうのも良し悪しだぁねぇ)
心中でのみ溜息を吐いて、俊悟は修司の言葉を聞いていた。
「まあ早めに新しい職は見つけておいた方が良いだろうな。オレの所は確かまだ募集中だったはずだが、紹介してやろうか?」
「ほー、どこにしたんだ?」
「水道局の実働部だ。結構な人数があちこちから参加しているみたいだぞ。ノルマは一人一日二万立方メートル」
「そこの担当は吸血鬼か」
「仕方無ぇだろこれだけ人口が多くなりゃ。確かに完全に生活用水のみで全体の2%を持っていく奴が上司に約二名いるが」
「シャワー使用に制限をかける法律を作ってもらわないとまずいんじゃないのかお前ら」
むしろそれでも就職する奴らも奴らだ、と口に出す直前に脳裏に声が届いた。チッ、と雑音を挟んで響く指令。
「こちらオホキミ。区域七八二はカツラ弐番により輸送完了。遭遇(エンカウント)無し。区域七七六に辰巳の方角より移動する稼動反応あり。当該区域周辺の各部隊は警戒せよ。以上」
「シロガネい号了解」
「シロガネは号了解」
最早聞くことも少ないだろう相変わらずの声音に返答して無意識に閉じていた目を開くと、修司は抜刀して本隊の方へと駆け戻って行くところだった。
「何だ、別に戻ることはないだろ。来るなら前からだろう、ちょっと行って黙らせてくるから」
言ってそれまでの進行方向を俊悟が示すのと、
「っだー、だからお前は!真っ直ぐ来るとは限らんだろうが!脇道を通ってきて入れ違いになったら本隊はまた無防備になるぞ!」
振り返った修司が牙を剥いて怒鳴るのと、


二人の中間地点の天井が轟音とともに崩れ落ちて駒が降ってくるのとは、見事なまでにテンポの良い三連譜(トリプレット)を奏でた。


一瞬呆然とした二人を頂点とした正三角形の残りの頂点から垂直二等分線を引くように一直線に落下してきた駒は、着地で生じた再びの轟音によってトンネルを震撼させる。凹んだ通路に木屑を撒き散らかしつつ後方の修司に向かって悠然と立ち上がる枯れ木の巨人の姿は一つ。
「……上下軸がズレてる事くらい見落とすなと言いたい」
「今日は飛車角落としでやってるからな。討ち洩らしも出るだろう」
苦々しく呻く修司に応えて俊悟もまた綿津見刃(わたつみのやいば)を抜き払った。ああして不満を漏らしてはいるものの見たところ小駒が一体ではどうしたところで大した手間にはならない、むしろ最後の仕事で気が抜けている藍の気概に対しての愚痴だろう。
視認による細部の確認。全長三m弱、四肢以外に効果器存在せず、各部受容器に発達無し。
「こちらシロガネい号、シロガネろ号と共に交戦開始。敵はツハモノ型表式一体と断定。ボサッとしてるのもいつも程度にしとけ。交信終了」
通信が繋がったままだった司令部へ報告と皮肉を入れて交信を切り、駒との間合いを詰めるべく地を蹴った。
雑魚だ。とっとと黙らせて哨戒を続けることにしよう。奇しくも接触直後から挟撃の形になっている今ならば同時行動ですぐに片が付く。背後を見せているツハモノにこちらが飛び掛って一撃、戦闘不能になったところで修司が全身を分断処理だ。手間が掛からなくて大変結構。
そこまでの思考を刀の間合いに踏み込む一瞬で終えると、俊悟は踏み込みの速度を乗せて跳躍、無造作に右の刃をツハモノの延髄から袈裟懸けに斬り込むために振り上げる。
と、高速で流れる景色の隅に、何か見かけないモノを見た気がして振り返った。
こちらの行動が空中で中断されたために修司に軽い動揺が走り、それを無視して動き出したツハモノが目の前の獲物を捕らえんと初速では鈍重ながら速度が乗ると止めようもないダッシュをかける。視界の端でそれを捉え、振り向いたままに俊悟が叫んだ。
「悪い、集中を切らした。そっちに行ったからフォローを頼む」
「お前―ッ!自分から買って出ておいてそれかごぐぅあ」
忠告は間に合わなかったらしい。ツハモノが繰り出したタックルをマトモに食らった修司が抗議の声を紡ぐ分の息吹を肺から絞り出して視界の端から外へと吹っ飛んでいった。
あの当たりようでは致命傷になっただろうか。よりによって最後の出撃で死ぬことになるとは間が悪いとしか言いようが無い。あるいはさっきの会話、「俺、この戦いが終わったら就職するんだ」というのがまずかったのだろうか。確か小太郎言うところの「死亡フラグ」とかいう奴が立ってしまったのかもしれない、と考えたところで自虐的な笑いで否定する。それは無い。
そんな恣意的に作られた伝承が現実を侵すことなどありえないと知っている。
だがどの道死んでいれば今から駆けつけようが手遅れ、死んでいなければツハモノ相手に手を貸す意味も無い。
至極当然にそう判断し、危なげも無く幅跳びもどきから着地すると、遥か彼方で転がっている修司にさらに轟音を立てて走り寄っていくツハモノを無視。先程の視界に引っかかった違和感を確かめるべく、再び曲がり角に足を運んで首を向こうに突っ込んでみた。
通路脇に毛布の塊が転がっていた。
一瞬本気でそう思ったが、良く見ればそれは毛布を被った人間だった。
しかも気付いてみればその中身は年端も行かぬ少女だった。
「……?」
有り得ない出来事に走っていた心が足をもつらせてすっ転ぶ。が。
「……ああ、行き倒れってやつか。初めて見た」
頭の中に埋もれていた知識に結びつく物を見つければ、立ち直るのはそう難しくはないことだった。
「で、こういう時ってどうするものだったっけ」
だからといってすぐに走り出せるわけでもなかったが。
とりあえず再び司令部に連絡を入れた。耳元でざり、という通信が繋がる音を聞いたと同時、間髪入れずにオペレータ席に悠然と座っているであろう相手へとまくし立てる。
「えーと、こちらシロガネい号。作戦区域内に未確認種(アンノウン)一体。一見ボロ被った女、恐らく美少女。指示を請う、どうしたらええねん、どうぞ」
これもまた寸暇をおかずに返される藍の応(いら)え。
「こちらオホキミ。こちらには作戦開始前48時間に渡って失踪者の情報も迷子届けも入っていない、おそらくは再起動した実験体のうちヒューマノイドタイプの一体である可能性が高いと推定される。美少女なら助けるのが男の仕事だろう、戦闘終了後に保護して家で手当てしろ。くれぐれも丁重にだ。どうぞ」
「こちらシロガネい号。何でそこで俺の家ですか。どうぞ」
「こちらオホキミ。既に駒の収容限界一杯まで輸送計画が決定している。加えて、休眠中ならまだしも稼働中のヒューマノイドタイプを運用するほどの余裕はこちらにはない。設備がある君が個人的に引き取ると言うのならそれは止めないが、その気が無いのなら捨て置けばいい。どの道大半は置き去りなのだから、活動停止が速いか遅いかの違いだ。どうぞ」
「…………」
その言葉に異議を差し挟むところは何一つ存在しなかった。
「シロガネい号了解。交信終了」
交信を切って検討。
確かにそうだ。ほとんどの駒は置き去りにする以上長い年月をかけて死に逝くということと同義だったはずだ。それ自体をどうこうすることは出来ないかも知れないが、こうして起動中に出会ったのならば殺してやった方が活動停止まで苦しむ時間を短くしてやれる分この個体にとっては慈悲深いと言えるかもしれない。
ヒューマノイドタイプの殺傷方法のマニュアルを脳裏から引っ張り出す。全方位視界に対抗するため光学的刺激を目くらましにして近接――今回その必要は無い――の後、情報処理中枢である可能性が高い順に頭部、胸部、腹部、左腕、左足、右足、右腕を広範囲に渡って破壊。
……ううむ、優先度はこれで合っていたか?その際に反撃として想定される神通力の種類を外的形質から予測する場合の留意点は、…………?何だっただろうか。
長いことギガンテスタイプばかりとやりあってきたために細部が怪しい。何にせよ細切れにして乾いた場所に放置すれば死ぬだろう、と大雑把な結論に達し、俊悟は右腕にぶら下げていた綿津見刃を眼前の毛布目掛け振り上げたところで、いやでもそもそも苦しませないという目的のためには痛くないようにする方が良いんだろうに細切れというのはどうだろう、と疑問を抱いて手を止める。刀を振りかざしたまま数秒考えて面倒臭くなった。振り下ろす。
いや、振り下ろそうとした瞬間に俊悟は背後から覆い被さった影に気付いた。振り向き様に頭上に降ってきた何かへと咄嗟に刃をブチ当てる。「何か」は突進してきたツハモノの拳だった。超重量に乗せられた運動量に押し込まれ、両腕で支えた刀身が軋む。拳圧が全身を打ちのめす。潰れそうな体を無理矢理に保って腕力任せに拳を押し戻し、
「うるせぇぇぇぇっ!」
横薙ぎの斬撃を放つ。
眼前で剣閃に沿って断ち割られていく駒の胴体を見ながら、
(あの野郎、死んだんだったらまだしも生きてて取り逃したんだったらただじゃおかねえ)
という思考と、
(あー、タイミングギリギリすぎてこの残骸避けられねえなあ)
という思考を自覚した。
次の瞬間衝撃の負荷を受け流したために一時硬直した俊悟は、突進の勢いのまま進んできたツハモノの下半身に踏み潰され、さらにその次の瞬間に自らが両断したために落下してきたツハモノの上半身によって押し潰された。
ぷちぃ、というオノマトペの書き文字を幻視しながら。




「生きてたのか」
「死んでなかったのか」
再度気付いた時には病院の一室で横たわっている。
投げかけられた言葉に脊椎反射で反応してから、ようやく自分がベッドに縛り付けられていることに気付く。ということは内部器官癒着まで長くてあと半日程度、雑魚相手に随分と損害を受けたものだ。
妙な具合にくっついた筋肉を無理矢理動かして引き千切りながら俊悟は上体を起こして前を見た。作戦中に途方も無い間抜けをやらかした親愛なる馬鹿野郎は向かいのベッドで天井を見上げながら罵声で目覚ましを掛けてくれたらしい。あっちもあっちで似たり寄ったりな状態か。
「お前もお前で集中力を途切らせすぎだろ。なんなんだあの大げさなリアクションは。小太郎に影響されすぎるのも大抵にしておかないとウケ狙いで大地に還ることになるぞ」
「体張って落ちてた美少女拾おうとした張本人に言われたくないな。お前が寝てたから第一次報告書はこっちが作っといた。これが写しだ、暇潰しにケチを付ける部分が無いか読んどけ」
言葉と共に紙飛行機になって修司の手から放たれた報告書がベッドの上空でムーンサルトをしてぴたりとこちらの胸元に着陸する。揚力を可能な限り発生させる形状に折りたたまれた書類を感嘆と呆れ半々を込めながら開いてしわを伸ばし、記された文字を目で追いかけた。流し見しつつ紙の上を滑っていく視線が留まった場所には存外早くケチの付け所が見つかって、
「……おい。何だこの『未確認種の処遇について』の項目」
俊悟は恨めしそうな声を上げる。
「何か拙かったか」
「何で『発見者が保護』になってるんだ!?これが保護できるような状態か!?」
「司令部に問い合わせたら最後の交信でお前が保護すると報告していたと言われたからそれを尊重したまでじゃないか」
「……はぁ!?」
見当違いの返答に記憶の混乱を疑い、折り目の付いた報告書をひっくり返して自身の記憶する作戦経過と照らし合わせてみるが、途中で修司の勘違いに気付く。
「違う!そんな余裕は無いが放置していくのも辛いだろうから止めを刺して楽にしてやろうとしてたんだ!それを何でお前は勝手に」
「なら別に構わないだろうが。保護しようとしていたのを殺したってんならまだしも、殺そうとしていたのを保護したからって何の文句があるよ。今から殺せば済むことだろうが」
「…………」
低く返ってくる修司の声に、急速に頭から血が降りていくのを俊悟は感じていた。
そうだ。その通りだ。一体何を激昂していたのか。
 殺してしまったものを生き返らせることは出来なくても、生かしておいたものを殺してしまうことは出来る。生に取り返しがつかなくても、死は取り返しがつくのだ。いくらでも。
「……で、その未確認種は今どこにいる」
「お前んちに置くことになったからって小太郎呼んで引き取らせたが」
「じゃあ駄目だろもう!!」
固定されたベッドの上で可能な限り頭を抱えて叫ぶ。
そんなわけで、彼女(?)の死は既に取り返しのつかないものになってしまった。