というわけでやっとこさ書き上がりました、ハルヒ関連の嘘予告。
やたら前回から間が空いたがこれが私本来の執筆速度だ。前回のが異常なんだ。年内に書きあがってよかったぜ。


やってみて分かったがこいつの回りくどい一人語り形式、文量が稼げて凄く書き易い。まあやりやすいのと上手いかどうか、本物に似ているかは完全に別物だけど。キョンが随分とオタク臭くなったのは気付かなかったフリをしてください。あの突拍子も無さ過ぎる比喩表現は模倣し切れん。
……で、何故何度やってもウィズブレ組は他の作品の踏み台になってしまうんだ。あんなに大好きなのにおかしいじゃないか俺。
そしてbeakerさんごめんなさいゲームネタ勝手に使って。パクリじゃないですリスペクトです。
あと三枝零一さん。冗談ですから。


次は何かバカなネタやりたいなぁ。ギャグまみれの何か。


プロローグはこちら。



さて、「僕は世界の危機を救わなくちゃいけないんです」などと公の場で口にすれば「現実と小説を一緒くたにするのは精々中学生までにしておけ」と返されるのはまだマシな対応だと思うのだが、「そうか頑張ってくれ」などと返されてしまうのが当たり前の状況になってしまったとしたら、最早とち狂った妄言を真実にするべく意地を張って伝説の剣を探す旅に出たりムー大陸の転生戦士を探すために文通欄に広告を載せたりしている場合ではなく、とっとと首を括った方が後々の面倒が無くて済む気がする。
実際俺もそうしたい。だがそう出来ないのがこの世界の根性が深海の砂の中でくつろいでいたと思ったらいきなり生態学者に貴重なサンプルとして引っ張り出され不平を漏らしているワダツミギボシムシ並みにねじくれ曲がっていることの証拠でしかないと思うのだがどうだろう。
「目が覚めたか」
目の前にあんたみたいなのがいるようじゃ、どうもまだ夢を見てるようだがな。
ベッドから出て窓の外を見てみたら辺り一面が荒野だった時の俺の気持ちが分かってくれる奴がいたら連絡してくれ、世界の不条理さについて一晩中語り合いたい気分なんだ。
多分そんな、俺並みに珍奇な運命に巻き込まれた奴は、並行世界に飛ばされて人型機動兵器かなんかのパイロットにされてそうな気もするが。
そう、腹立たしいことに、信じられないだけで現実に違いない外の光景は見渡す限り一面の荒野だった。しかもただの荒れ地じゃない、凍土だ。雪が降り積もった上に固まって草木の一本もありゃしない。さらに言うなら空が何か不自然にどす黒い。氷河期か?万年雪だったりするのかこれ。勘弁してくれ。
十中八九またハルヒが何かやらかしたに違いないわけだが、今回はどうにも酷すぎる。あいつがこんなモヒカン暴走族が老人から種籾を奪って回った帰りに凍死しているのが似合うような世紀末的な世界を本気で望むとは到底思えないから、また何か面倒なことになっていそうな気がしてならない。
「で、あんた誰だ。他人に名前を聞くなら自分から名乗れとか言うなよ、他人の家に勝手に上がりこんでるんだから」
「これでも助けに来てやったつもりなんだがな。こんな防寒設備も自家発電機もない家に一人で居たら確実に死ぬぞ。
最寄のシェルターまで送ってやるから、その気があるなら付いて来い」
的が外れたことを言って、その黒いコートを着込んででかい剣を持った三十路前ぐらいの男は部屋の外へと歩き出す。
「俺の名前は黒沢祐一だ」
そのナリで日本人かよ。
 




       ☆

 



「き、キョンくぅん……だいじょうぶですかー!」
「朝比奈さん!俺のこと分かりますか!?ってことは今回はホンモノのSOS団の朝比奈さんですよね!」
ありがたい、この荒み切った世界で朝比奈さんに出会えるとはまさに地獄に仏で掃き溜めに鶴だ。それが功徳や恩返しを期待できないという理由だけで信仰を捨てるならそれは形而上学的な概念に対する畏敬の念の欠如である。精神的幸福を得るのに現実的な利益はさして重要ではないどころか却ってしばしば純粋な心の問題に不純物を混ぜ込むことになりかねない。神は役に立つから神なのではなく、神だから神なのだ。ああ我が女神よ、俺はあなたがそこにいてくれるだけで幸せなのです。
もしこの世界から抜け出せなかった場合、朝比奈さんを讃える教団でも興して彼女が初めてこの地を踏み俺と再会を果たしてくれた記念すべきこの場所を聖地にすることにしよう、と万一の場合の精神的保険をかけていると、荒廃した土地をよろよろと踏みしめて一秒刻みで朝比奈教(仮)の聖地を広げながら近寄ってくる朝比奈さん。あんまり範囲を広げて後々先住民ともめるといけないのでそこで待っててください。いまそっち行きますから。
「朝比奈さん、誰か見ませんでしたか!?長門とかハルヒとか、さもなきゃ古泉とか」
「いえ、キョン君が初めてです……」
広大な体育館に放り出されて心細くなり、本能に従って安心できる狭い空間を探し回った挙句に結局見つからなくて力尽きたハムスターそのまんまな疲れ切った表情でそう言う。そりゃそうだ、誰かと会っていたら誰だろうとこの人を一人で放っておくような無体で無鉄砲な真似をするわけが無い。我ながら馬鹿なことを聞いたものだ。
しかしまた朝比奈さんと二人きりなのか。いい加減たまにはこういうオイシイシチュエーションはハルヒの事件がらみ以外で体験したいな。極楽気分よりプレッシャーの方が先に立つ状況では宇宙遊泳だってただのアポロ13の船外活動だ。アポロ13事件で船外活動をしたという事実は無かったという指摘はこの際問題ではない。
「とにかく他の奴らと合流しましょう、絶対みんなどっかにいるに違いないですから。朝比奈さん、この辺りどうなってました?」
「あ、はーい。この辺はですねー、あっちの方までずーっと禁則事項です」
は?
歩き出そうとして背を向けた足を止めざるを得ない。
耳を疑う、という表現は良く聞くが、今回は耳より先に脳を疑ったね。あんまり同じ単語ばっかりを聞き慣れてしまうと、それに関連する環境下で話をしている時には音が似ているだけで頭が勝手に別の単語でもそう聞こえさせてしまうことがあるだろ。そういうのかと思ったわけさ。学食で聞いたニュースで「汚職事件」が「お食事券」になったりな。だから朝比奈さんと話してたせいで何かを「きんそくじこう」と聞き違えたんだと思ったんだが。
「えーとすいません、何かちょっと聞き逃しました。もう一回お願いします。この辺り歩き回ってたんだったら道が少しは分かると思うんで、ちょっと案内してもらいたいなーと」
「あ、あれ?ええとですね、この先を曲がると『禁則事項』が『禁則事項』になってて……あれぇ!?」
二度も繰り返されるということはどうやら聞き違いではないらしい。ちょい待ち、俺はいつの間に日常会話ですら規制がかかってしまうほどに未来的な話術センスを手に入れたんだ。脳の思考回路が時間移動を繰り返しているうちに火星人の脳味噌にでもすり替わってしまったのか?
「き……キョンくん、あのね、この場所は『禁則事項』が『禁則事項』しているせいで『禁則事項』の『禁則事項』が『禁則事項』に『禁則事項』してる『禁則事項』だから……だから……っ」
振り返って真正面から小柄な未来人の先輩を見る。朝比奈さんはこの台詞に付き物のいつもの表情を浮かべていた。
悪戯っぽい表情の方ではなく、うろたえて困りきったもどかしげな表情を。
ということは。つまり。
「朝比奈さん、ところでこの景色って何かで見覚えないですか?どうも随分荒れ果ててるみたいですけど、地球上だったらここってどの辺りだと思います?そういえばこの辺りの建物ってあんまり見たことないですけど、朝比奈さんはどうですか?」
何となく思いつくものがあって片端から頭に浮かんだ疑問を並べ立てる。「さぁ〜、分からないです」とでも答えが返ってくることを半ば予想しての問いに対する反応は、相も変わらず四文字熟語。
キョンくん……あたし……あたし……」
「いや……もういいですよ、朝比奈さん。分かりましたから」
今にも泣き出しそうな朝比奈さんを抱きしめようか抱きしめまいか一瞬迷ってからとりあえず肩に手を置くことで色んなものに妥協する。
単純なことだ。朝比奈さんがこんな状態になっているという事実から逆算すれば、
「この世界は……俺たちがいた時代から見て、未来に当たる世界なんですね」
……その問いにもやはり朝比奈さんはしゃくりあげながら、禁則事項です、とだけ答えた。




       ☆




 なんとかスターって名前が付けられて宇宙に浮かんでいそうな、呆れるほどに馬鹿でかい金属製のドームに連れ込んでくれたのはやっぱりというべきか長門だった。
「出来たら何が起こってるのか説明してくれるか」
涼宮ハルヒの有する内的世界表象の一部発現現象」
うむ。いい加減お互いに慣れてきたので、いつの間にかこういう場合、長門が即座に返した説明をこいつなりに出来る限り分かりやすく切り分ける努力をするのを待つ間、こっちは与えられた情報を噛み砕く努力をしているようになった。あれだろ、ハルヒの内的な世界の表象が一部発現した現象なんだろ。悪いなやっぱさっぱり分かんねえよ。オウム返ししてれば分かったような気になるかと思ったが、気のせいにすらなってくれないときたもんだ。
言うべきことがまとまったのか、右足のつま先を見るかのごとく首を伏せていた長門が視線を上げた。
「まず、人間は世界を認識する際には必ず自我というフィルターを通している」
何か哲学の授業が始まってしまったのだが。
「世界の事象は全てありのままの形で受け取られるわけではなく、真実の投影のうち認識し得る一面のみを寄せ集めて構成された影絵のように人間の意識に存在するしかない」
あなたの中のわたしってか。そういうのは十年前くらいにブームが済んでるからそこそこに具体例に入ってくれ。ハルヒの受け取った世界が何かこの状況に関係するのか?
「その影絵を作るための材料選びや見る角度は超自我、無意識の段階で左右されている。それはつまり個々の人間が見ている世界は各々の好みによって偏向を掛けられたものだということ。そしてまた個人が相対する世界は単純に『現実』の一つきりではない。『学校における現実』『友人との現実』『家族との現実』『見ず知らずの他人との現実』『自分だけの現実』のように様々な側面を持っている。中でも『自分だけの現実』、俗に『妄想』『空想』と呼ばれる世界認識においては『現実』に存在しない事象、創作物を思考実験として表象に構成することも可能である。そうした内的世界との相対は人類が受ける様々な形での精神圧を昇華する手段として用いられ、作られた世界表象は個人によっては『現実』に匹敵する程のケースも存在する。『空想世界』表象の構築活動は通常の人類においても極小規模の情報フレアを放出する行動の一つとして情報統合思念体は重視している。
涼宮ハルヒがこの小説を読んだ時に作り上げた認識が特異的だったことに今回の事象は端を発している」
古泉ー、お前今すぐここに来て合いの手を入れてやったらどうだ。お前絶対こういうの大好きだろ。くそ、俺理系に転向しようか。こんなことを日常的に考えていなければ文系がつとまらないんじゃ、絶対身がもたないぞ。




涼宮ハルヒはこの小説を読むことで現実の22世紀末期とほぼ同等の技術を持った世界表象を構築した」




……待て。とにかく待て。今とんでもないこと聞いた気がするぞ。22世紀末?青い猫型と自分で言い張るタヌキロボットがやってきたあの未来?あるいはさらにその未来?しかも現実だ?ハルヒライトノベルを読んで未来予知でもしたっていうのか。
「違う。極論してしまうならサイエンス・フィクションは全て予言書と成り得る可能性を有しているというだけ。
『人間が想像し得る事象は全て実現可能』という言説は間違いではあるが、逆は有り得る。世界大戦は起こらないものの、今後数百年で人類は脳を生体コンピュータとし、構成情報から物理現象を制御するための技術を実用化する」
気になるなら読んで、と渡される文庫本。実現可能だとしたら想像しうる……ってことか。想像の産物を実現するために科学は発達したんだろうか。そう考えると古今東西の科学者はとんだ妄想家ってわけだな。それはいいがどうしてハルヒの妄想が実体化したんだ。
涼宮ハルヒは自身の持つ物理法則の知識と照らし合わせて可能な限り無矛盾的なこの小説に登場するものと同等の理論法則の存在可能性を検討し、情報制御理論を内包した世界観を構築すると同時にそこに擬似的にわたしたちSOS団員を配置して行動軌跡を模索するという思考実験を行った。
そして涼宮ハルヒが小説を読み終えた夜に発生した情報フレアを観測した情報統合思念体の革新派が、彼女の情報創造能力の限界を探るために涼宮ハルヒの深層意識に構成された世界表象と22世紀末期の事実との類似性を用いてわたしたちのいた時間平面を基準として前後二世紀分程度の時間平面を混合した閉鎖空間を作り上げるように介入を起こした。今現在の彼女はこの空間の中心となりバイオスフィア『シティ・神戸』の動力源『マザーコア』として働きながら、同時にこの本を読んだ結果得た印象を元にして世界を構成するだけの状態にさせられている。
……おそらく、この介入はわたしが以前起こした大規模時空改変に着想を得たと推測できる」
そんなことはどうでもいい。それはお前のせいじゃない。それより続きを話してくれ。
「結果として現実空間で中心となったのは小説での舞台となる記憶媒体を用いない情報システムが実用化された時間平面。これがわたしたちの本来存在していた時空連続体へと接続されている。時空構造的には四年前の時間の大断層と同質の状況。ただしとても不安定。朝比奈みくるの情報規制が誤動作を起こして言語機能に齟齬を来たしたのも、現在わたしたちが存在している時間平面についての情報を与えるわけにはいかないため」
ううむ、説明というかフォローしてもらったところで悪いが、朝比奈さん(小)がこういう状況で役に立ったことって今までにいやいやいや。それは言わぬが花だろう。この言い回しを使った時点で既に言っているようなものだという気はいつもするんだが。
つまり……分かりやすくまとめてしまうと、この世界はハルヒ風22世紀ってことでいいのか?
涼宮ハルヒが目を覚ませば消えてしまう、儚い泡沫の夢のようなもの」
ならとっととハルヒをたたき起こしに行けばいいってだけのことだろう。傍目にも致命的な事態だって分かるのに、何でまた今回に限ってこんなところで足踏みして俺に事情説明なんてしてるんだ?今度は別にハルヒへのネタ振りってわけでもないだろうし。
そう言うと長門は実に、実に驚くべき表情を見せた。それこそ長門有希という少女についての俺の認識が根底から揺らぐような表情を見せた。




「単純に、不可能だから」
長門は、恐れと口惜しさをにじませた顔でうつむいたのだ。




おいおい、待ってくれ。今のお前は普通のはずだろう。そんなにわかりやすく表情を顔に出すなんて、SOS団の看板娘の名が泣くぞ。この場合の看板娘っていうのは店頭に置いてあって頭を叩くとピコピコ揺れるあれの方にニュアンスが近いかもしれんが。
それとも、
お前ですらも顔色を変えざるを得ないような状況なのか?




「この世界ではわたしの持つ力は特別なものではない。この世界を特徴付けている基幹技術は『魔法』の名を持つ情報制御理論。その原理は情報統合思念体からすれば実に稚拙に過ぎるが根本は同質のもの。そして、わたしが扱うことを許されている情報制御能力は、この世界で言えばA級魔法士程度に制限されている。
あとは単純な計算。マザーコアである涼宮ハルヒを守る魔法士が一人より少ないということは考えにくい」
ファンタジー世界じゃあ魔法使いユキの存在は当たり前だっていうことか。
なんてこった、こっちの切り札がただの手札に格下げされちまった。しかもこっちに配られたのはたった一枚きり。どうあがこうがロイヤルストレートフラッシュはおろかワンペアにすらならない。
おい……本気でどうすればいいんだよ、俺たちは。




       ☆





長門さんが言ってませんでしたか?ここは『閉鎖空間』なんです。僕たちの力は涼宮さんに由来してはいても依存してはいない。彼女が人事不省に陥っていようがいまいが関係なく用いることが出来るんです」
「古泉……どうして」
「今言った通りですよ。涼宮さんが人事不省に陥った。しかし生命の安全は保証された。僕もちょっと外に出て原作を読んできましたけどね、本来のマザーコアは数年で脳が壊死してしまうらしいというのに涼宮さんはまったくその兆候も無いらしいですよ。流石と言うべきでしょうかね。つまり、これでもう気紛れな神様のご機嫌取りをする必要も無く世界は存続出来ることになったんです、機関にしてみれば万々歳と言いたくなるのも分かるでしょう?
……だから、こんな好都合な状況を壊して欲しくは無いんですよ」
ぺらぺら喋る古泉の後ろの空から、雲を突き破ってあの赤い光の玉が三つも四つも降りてくる。時間の流れが滅茶苦茶だってのにこの自称超能力者たちはそんなのも無視してこのなんちゃって22世紀に入り込んできやがるのか。あの中に顔見知りは何人いるんだろうと無意味なことを考えるうちに、解説はどんどん先に進んでいるようだった。
「この閉鎖空間は時間平面とやらの接続が完全にランダムなだけで、後は完全に異常は無いそうです。まあ多分に涼宮さん的なディフォルメが入っているようですが、それが未来に影響を与えることは無いようですね。
例えるならば、スートと番号が順番に並んでいる新品のトランプを真ん中だけ抜き取ってラクガキした挙句にシャッフルして、また元に戻したみたいなものでしょうか。ラクガキを気にしさえしなければ問題なくトランプとして使えます」
「次がハートのQだと思っていたらスペードのAを引かされた俺たちはどうすればいいんだ」
「ありがたいことに閉鎖空間としての特性は残っているようですからね。僕たちと一緒ならば本来属するべき時代へと帰ることが出来ますよ。まあ、涼宮さんは諦めてもらう以外ありませんが」
ああ古泉、お前は本当に便利な奴だよ。俺みたいに頭の悪い奴にでもこの突拍子も無い事態を説明しようとしてくれるんだからな。それがいくらお前のお喋りで説明好きな性格に由来した分かりにくい説明であってもな。
「……そういえば、『あの時もこんな吹雪の中だったよな』」
多分、世界で俺たちだけにしか分からない合言葉。通じる相手がこのヤサ男だっていうのがいささかシャクだが。
「ええ。……あの思い出を『忘れたことはありませんよ』」
「そうかよ」
それを聞けば十分だ。こいつが未だにこっち側だっていうことが分かればそれでいい。俺は意を決して、
古泉の前から立ち去ることにした。




今ここでゴリ押ししたって無理だ。瞬殺されてるから弱っちく見えるものの、腕の一振りでビルをなぎ倒すような大怪獣、神人を倒せるような超能力者が五人か六人か。そんな奴らに一般人の俺が歯向かってどうにかしようだなんてカラフルな全身タイツの正義の味方五人組に戦闘員が一人で楯突いて勝てる確率よりなお低い。だから今は引く、それは間違いじゃない。ここで焦ったところでどうしようもない。ただこの世界を元に戻せばいいと思っていた時とは状況が変わったわけだしどうすりゃいいのか様子見が必要だ。必要なんだよ。くそ、そうだろう。
ああったく、なんでこんな早足で歩いてるんだ俺の足は、急いだところで何が変わるわけでもないんだからそんなに回し車を回して喜んでいるテンジクネズミみたいに意味も無く走り出してるんじゃない、待てって言ってるだろ疲れてるんだよこっちは昨日からずっと朝比奈さんを捉まえて長門に捕まって古泉にお経を聞かされてと動き通しなんだ、何なんだよ持ち主の言うことくらい聞けって、ふざけるな止まれ、走ったって意味は無いってのが分からないのかよふざけるなこの、ふざけるな――――
ふざけるな、まったくふざけるなだ!
そうだ、俺にはピカピカ光る玉に変わるなんて曲芸も出来ないし、魔法なんて使えるわけもないし、剣道も柔道も体育の時間にかじった程度の素人で、そもそも達人だったところであんなバケモノみたいな速さで動き回る奴らに人間程度で敵うはずも無く、本に出てきた主人公の兄姉みたいに天才じみた頭の良さを持っているわけでもない。今の俺の周りにいる奴らからすれば俺なんざ石ころ同然だ。
だが、だからなんだってんだ。俺が今並べ立てた、そしてこれからいくらでも並べ立てられるだろう物事は全部、




ハルヒを助けられない理由にはなっても、助けない理由にはなりやしない。




毎度毎度長門に頼るのも負担を掛けすぎで悪いとは思うけどな、俺一人じゃあ力が足りないっていうなら頭を地面にこすり付けて磨り減って無くなってしまうまで頼み込んででも借りてやる。古泉だってこっちが頼めば一度だけ協力してくれるはずだ。でもそれを頼むのは今じゃない。俺に出来るのは最上のタイミングでSOS団の仲間達っていう最高の手札を切る舞台を整えることだけだ。そうだ、石ころだってドミノの最初の一個を倒すくらいのことなら出来るんだ。そして多分、誠に遺憾ながら、今のこの世界は唯一神ハルヒ閣下の大掃除のおかげで他の石ころは根こそぎ無くなってる。おのれ、鶴屋さんあたりがいてくれればもう少しやりやすかっただろうものを。
やれやれ、あの時は異常事態で頭に血が昇っていたとしか考えられないね。こんな絶望的な目に毎回毎回遭うことが分かってたんだったらハルヒの尻拭いを選ぶのにもうちょっと躊躇したのは間違いない。その場のノリで人生の分岐を決めると大概後で後悔することになるってのは分かってるけどな、実際そういう現場に立ってみるとそんなことを考えていられるほど余裕は無いんだよ。
分かってる。俺は決めた。あの時に普通で太平楽で平穏無事な長門の世界を拒んでこの混沌と出鱈目と荒唐無稽とを絵に描こうとして失敗したハルヒの世界に付き合うことを選んだ。正直こういう場に立つと止めときゃ良かったとは思うがな、自分で決めたんだ、責任持ってやり通してやる。
そのためだったら、この世界の一つや二つブッ壊してやるさ。




認めたくないことを一つだけ認めてやるとするならば。
ハルヒを救ったのがジョン・スミスなら。
俺を救ったのがきっとハルヒだったのだ。





       ☆





「……なぜ、そこまであの少女にこだわる」
俺の眉間に照準を合わせて銃を突きつけた黒沢の言葉に俺は軽く眉をひそめた。
何かこのシチュエーションでこのフレーズって、どこかで聞いたような気がするんだが。あ、まんまこいつが小説の終盤で喋ってた台詞じゃねえか。その問いに主人公は何て答えたんだったかと思い出そうとしてみて、大して物覚えの良くないはずの俺の脳がこういうときだけその答えを有していたことに忸怩たる思いを隠せない。そういやこの世界ってあいつの妄想なんだったな、古泉がここにいたらまた配役についてなんだかんだと言ったに違いあるまい。やれやれだ。いくらなんでも全く同じ答えを返すのはオリジナリティに欠けるよな。
「あいつ一人を犠牲にすれば多分途方も無い数の人間が助かるんだろうけどな」
今にも死ぬかという状態で内心泣き出したいのは山々なのだが、そこをあえて真っ向から見返しながら言ってやる。
「あいつを解放してやれば、こんな地獄みたいな世界が生まれなくて済むようになるんだよ」
その言葉を聞いた黒沢の顔が、苦しげに歪んだ。そういう風に言葉を選んだから当然だが、正直怖すぎるぞおい。
「……何を根拠に言っているのか知らんが、そんな夢物語で魔法士でもないお前がシティ相手に戦争を仕掛けるのか」
「そうするってだいぶ前に決めたからな。どんだけとんでもないことになったって、どんだけ面倒くさいあいつの我侭に巻き込まれたって、必死こいて全部解決してやって、最後はいつも仲間全員で元の生活に戻ってやるって」
こいつもきっと自分の選んだ道を徹すことを決めたんだろう。他人の日記を勝手に盗み見たようなもんだが、黒沢の辿ってきた人生は良く知っている。それでも。
引き金に掛かった黒沢の指に力が篭るのを他人事のように見つめながら、最後まで言い終えてやる。
「それが俺たちSOS団の活動目的だからな」
撃鉄が落ちた。




「そう」




こっちに向けられた銃口から音がしてヤバイ死んだ、と思った瞬間より当然前に長門が横から割り込んでいた。どこから駆けつけたのだか知らないが、周りに山ほど居る兵隊たちを飛び越えるように惚れ惚れするほど見事なムーンサルトを描いて俺の眼前に着地、横に薙いだ腕の先で目に見えない壁が生じ、放たれた銃弾が進路を逸らしてどっかに消える。だがそれと同時に長門の懐に黒沢が突っ込んでいた。右手の馬鹿でっかい剣が振り切られ、肩口からバッサリ長門を斬り付ける。にも関わらずそのまま動き続ける長門。驚いて然るべきなのだが黒沢もそこはプロ、傍目には全く動揺を見せずに反撃で振り回してきた長門の右腕を無駄の無い動きでかわして後退していく。それを追いかけて放たれるその辺の壁材から作った槍また槍。だがそれらは全て黒沢が剣をくるりと回しただけで全てが塵に戻り、砂となってもうもうと埃を立てた。
その様を見て長門の瞳が鋭さを増した。
「黒沢祐一……黒衣の騎士。大戦前に魔法士開発計画『天樹プラン』によってI-ブレイン埋め込み手術を受けた後天性の魔法士。大戦中はアフリカにおいて類稀なる戦果を挙げ英雄としてその名を残す。その実力は世界でも最高クラスの騎士の一人」
しかしなんなんだその二次創作において過剰な強化を加えられ、結果名前以外元のキャラとは完全に別物になってしまったギャルゲーの主人公みたいなスペックは。
メアリー・スーの話をしているわけではない」
端的にツッコミを返して長門が腰を抜かしたこっちに顔だけで向き直る。ってちょっと待て、何故こっちを東京全土でも三秒で氷漬けに出来そうな冷凍光線を発射する目のままで見る。
「どうして一人で危険な真似をするの」
怒ってらっしゃった。
確かに長門のフォローが無ければ最初の一発どころかさっきの一瞬の攻防の流れ弾でさっくり死んでいてもおかしくない程どうしようもなく俺は一般人なわけだし、無茶なことをしているのは重々承知だが。
「どうしてもこいつに言っておかなくちゃいけないことがあったからな」
袖摺りあった程度の縁とは言え、仮にも命の恩人相手に適当な答えを返すわけには行かなかったのさ。例えそれが黒沢の選んだ道と全く逆の方向を向いたものだったとしても。
まあ、いくらお前と別行動を取る必要があったとはいえ先走ったことには変わりないな。悪かった。
「いい。こっちも遅くなった」
構わないさ。ちょっと怖い兄ちゃんに絡まれた程度だ。それであっちはどうなった。
「問題ない。交渉は成功した」
そうか。ならこれ以上ヤバイ敵が増えることは無いわけだ。こんなところで一回しか使えない交渉権を使っちまっていいものか迷ったが、全部終わったらあっちもこっちも夢オチで忘れているってことを期待しておこうか。そのくらいの楽観はあってもいいだろう。
黒沢の方へと顔を向ける長門。その口元が少しだけ緩んでいるのを見て、俺は何となく次の言葉を予感した。




「対抗措置を取る。許可を」
おうさ。死なない程度にやっちまえ。




それからの一瞬で、様々なことが起こった。




黒沢は恐ろしいほどの高速移動とそれを用いた白兵戦闘を行い、先程長門が言ったように想像も出来ないほどに修羅場を潜った経験のある戦争のベテラン。対する長門は例の小説の主人公もかくやという万能選手であると同時に、敵の持つ能力を予め知っている。とはいえ知識で知っているだけであり、完全に対応できるかといえばそれは怪しいものだった。何しろ「知ってたってどうにも出来ません」という答えしか出てこないような常識外れの変態的能力ばっかりだしな。
俺は立ち上がる暇すら与えてもらえず、またもや長門の目の前で火花が散った。
黒沢の豪腕に振り回される剣はことごとく長門の眼前で展開された斥力場に阻まれて弾かれる。しかし長門の放つ壁材や空気の槍もまたことごとく剣で切り払われる。
一秒間に何十度、おそらくは何百度と放たれる斬撃を全て一瞥しただけで払いのけながら長門はその場を一歩も動かない。下手に移動すれば真後ろで転がっている俺をカバーしきれないからだ。役立たずこの上ないが、俺に出来ることといえばまた蹴飛ばされないようとにかく身を縮めておくのが最善なのだ。
黒沢が初めて銃を撃った。三度連続して音が鳴り、むしろ剣で斬るより遅いんじゃないかという速度で進んでくる銃弾の向こうで真っ黒な男の姿がシャボン玉のようなものに包まれて消えた。
次の瞬間、では無かったと思う。完全といってもいいくらい同時に影が差し、俺の背後に出現した黒沢が剣を突き込んできたのだ。いや、当然その場ではそんなこと知る由も無かったわけだが瞬間移動は流石に反則だろ!分かってたって避けられやしないっての!
そこからの長門の動きがまた速かった。
俺たちから見て前から飛んでくる銃弾をいつも通りに弾いていては間に合わなかったんだろう、体ごと覆いかぶさるように後ろすなわち俺の方へ向かってバックステップ、左腕を突き出して黒沢の放った突きの角度を変えた。凄い勢いで跳んで来た長門に押し潰されつつ俺はこいつに銃弾が潜り込む音を体伝いに聞き、咄嗟のことだったのか妙な角度で払ったものだからタイミングがズレたのだろう、手首から先が千切れて吹っ飛んでいく長門の左腕を見ることになった。
「おい長門!」
「へいき」
後ろを振り向くことも無くお返しとばかり雨あられと飛んでいく槍を打ち払う黒沢の一瞬の隙を突いて、未だ宙を舞っていた左手首を右手で掴み取る。切断面同士を合わせて一振りすれば既にくっついている左腕。安心したが肝が冷えた。
「何者だお前は。人形使いかと思えば炎使いのような真似、炎使いかと思えば騎士の真似事、終いには自己再生か。どこの所属の魔法士だ」
それなりに自信があった一撃をかわされたことに興味をそそられたのか、手を休めて黒衣の騎士が口を開いた。それに対する長門の答えが傑作だ。
SOS団の悪い宇宙人の魔法使い、長門有希
まったく、こいつも冗談が上手くなったよな。
それを聞くと鼻で笑った黒沢が走り、またどっかのサイボーグが奥歯でも噛んだ時のように影だけビュンビュン飛び回っての攻防が再開される。ほとんどは防御しているのだが流石にさっきの瞬間移動を使った同時攻撃だけは防ぎきれないらしく、どこかでシャボン玉が消えるたびに長門に傷が増えていく。
ジリ貧なんじゃないのか。
かなり本気で絶望的な気分になったとき、ふとそれに気付いた。
きゅるきゅるとテープレコーダーの巻き戻しの時のような、といってもそんなモノここ最近見た覚えも無いわけだが生憎俺の貧弱な語彙では古典的な比喩に則る以外にこの音を表現する方法が無いので我慢するとして、とにかく甲高く鳴き声じみた早口言葉が長門の口から漏れ続けていたことに。
鳴り響き続けている剣戟に掻き消されて今まで認識できなかったのだ。なるほど、人間には所詮限られた事実しか分からないっていうのは確かみたいだな。胸を焦がす焦燥があっさり消えた。何が起きるんだか予想もつかないが、何とかしてしまうに違いない。こいつなら。




後々思い出してみれば、延々と続いていた高速言語詠唱、その最後に長門はか細くこう言っていたような気がする。
「各種物理法則定数改変の解除」と。




直後、またもシャボン玉に包まれた黒沢の姿が一瞬ブレ、しかし今度は瞬間移動することなくその場に留まる。それだけじゃなく、文字通り目にも留まらない速度だった奴の動きが急に十人並みに遅くなったのだ。
「自己領域を消滅させただと――――!?」
「『騎士』の弱点は自己領域展開時の身体能力制御速度の低下」
驚愕に引き歪む黒沢の声と共にありながら、長門の宣言ははっきりと耳に届いた。
「もう通用しない」
瞬時に地面から伸び上がる石筍が黒沢に向かい、撃墜される。あれだけ驚くほど予想外の事態でもきちんと反応できるというのは、流石バトルもののキャラといったところか。
踏み込めず構えを取り直す黒沢と、無表情のままそれを眺める長門
黒沢は俺を始末したいものの、こっちに意識を向ければ長門にやられる。
長門は俺と共にハルヒの元へ向かいたいものの、意識を逸らせば黒沢にやられる。
膠着状態という奴が出来上がった。



――――と、長々と解説してはみたものの、実を言うと今までのは全て適当なでっち上げのハッタリなのである。
だって冷静に考えてみろよ、常人の何十倍もの速度で動き回るような奴らの戦いなんか動体視力がついていくわけも話が聞き取りきれるわけもねえじゃねえか!はっきり言って良いとこその辺でぶつかり合って一瞬止まった時の影が見えるのが関の山なんだよ。でもやっぱりこういう場に居合わせた以上解説役がいたほうがいいような気がしてな。
とにかく正直に言えば棒立ちのままの長門と往年の忍者映画みたいに物凄い勢いで動き回ったり飛んだり跳ねたり消えたり別のところに出てきたりする黒沢がチャンチャンバラバラやっていて、にもかかわらず一向に勝負が付きそうに無いってことくらいは読み取れた。何度かあの馬鹿でかい剣で斬られたり銃弾が当たったりしているようなのだが、長門には朝倉との戦いやら映画撮影の時に見せたようなデタラメな再生能力があるおかげで、体を傷付けられるとかその程度ではそうそう簡単には死なないらしい。趣味の悪い包丁立てか社会現象になったアニメの劇場版みたいな状態から完全に復帰しているからそれは信じられるにしても、見ているこっちとしては心臓に悪いことこの上ない。
だが長門に渡されたこの小説によると、主人公のような例外を除けば『騎士』だけが使えるという『情報解体』という必殺技みたいなものがあり、長門によれば唯一それはこいつの体にとって致命傷になりえるのだと言う。あのとき朝倉を消したやり方と同じようなものなのだそうだ。そりゃ確かに効きそうだわな。
ところが。ところが、だ。
必死こいて情報解体のくだりを読み込んで気付いたが、この小説の設定上「情報解体は人間、特に魔法士には通用しない」ことになっているのだ。なにやら小難しい理屈が披露されていたがそんなことはどうでもいい、とにかく黒沢は魔法士戦闘のセオリー通りに戦っているうちは即死技を使ってくることは当分の間無いだろうという事実だけがここでは重要なんだ。何故かこういうバトルもののメインキャラというのはピンチになっても絶対にそのままやられたりすることは無いから、遠からず斬っても撃っても死なない長門に対しても何か反撃手段を思いついてくるだろうし、それが情報解体である可能性は高いが、それまでの間無傷で敵側の最大戦力を足止めすることが出来る時間が稼げるというのは大きい。
(黒沢が必殺技を撃ってくる素振りを見せたらすぐ逃げろ。体が治せなくなりそうでもすぐ逃げろ。万が一にでもお前が死ぬなんてことになったらハルヒがどれだけ面倒なことを起こすか想像は付くだろ?)
一応事前に口うるさく言い含めてはあるものの、普段素直でも長門はこういう時だけ妙に頑固になる傾向があるからかなり心配だ。心配だがまあ、ここまで来てしまった以上やるべきことはやらないとな。
睨み合う二人とそれを遠巻きにする兵隊達を視界に収めつつ、特等席で万国ビックリショーを見せ付けられたおかげで爆笑している膝をなだめすかして立ち上がり、じりじり後ずさって二人の間合いの外へ。
長門の横を通り過ぎる時、ふと思い付きを口にしてみる。冗談交じりに言ったことだが、何故か絶対に通じると信じられた。
長門。こういうときは、言うことがあるだろ」
「ここは任せて。あなたは先に行って」
流石は本の虫。一生に一度は聞いてみたい台詞を寸分の狂いもなく選んでくれた。
出来れば言う方になりたかったぜ、主人公を助ける脇役としてな。
背を向けると同時に再び聞こえ出す剣戟の音をBGMに、俺はマザーコアのあるというシティの最深部へと走り出した。






ったく、お前が囚われのお姫様なんて似合わないってのがどうしてわかんないかね。お前はどう考えても助け出すために王子様が一生懸命計画を練っている時に助けが遅いっつってブチ切れて、牢番の兵士を懐柔して脱獄して、中ボスのドラゴン手懐けて大脱走を図るタイプだろうが。
そんな危険人物、放っておくわけには行かないだろう。
どうせこのままだと飽きたハルヒは小説のラストみたく巨大化して暴れまわるとかなんかそういうことになりそうな気がするからな。




ハルヒ、心の中でだって二度とは言わないぞ。だからよく聞いとけ。
お前の望み通り今から助けに行ってやる。おとなしくそこで待ってろ。








SOS団inウィザーズ・ブレイン


涼宮ハルヒの犠牲」
バーサス・ブラックナイト


「ダサいなそのサブタイトル!」
「ちょっとキョン!そんなことよりあたしの出番少なすぎない!?」
そりゃいつものことだろ。