ちっとも書きあがらないのでせめても嘘予告のさらに予告だけでも晒しとく。
このままでは……このままでは何か負けた気がするんだ……ッ!


「有希ー、あなたいつも本ばっかり読んでるけどそんなに面白い?」
今日も今日とてSOS団の部室ではいつものようにハルヒが団長席でふんぞり返り、朝比奈さんはメイド姿で甲斐甲斐しくお茶を淹れ、古泉と人呼んでキョンこと俺は真ん中の机でゲームをしており、長門は部屋の片隅で本を読んでいた。
ちなみに今日のゲームは将棋とチェスと麻雀の複合ゲームとかいう、この間30周年を迎えた長寿マンガの主人公である不良警官でも知らなさそうな突拍子も無いシロモノであり、どれ一つを取ったところで勝てたためしの無いお前がこんなの持ち出してきてどうするつもりなんだ古泉。
「面白い」
創られた時に一生に発することの出来る文字数でも定められているんじゃないだろうかと疑うほど言葉少なに答える長門。ここまではいつも通りだった。のだが。
「ふーん。何かお勧めなのがあったら教えてくれない?」
珍しいこともあるもんだ、と驚いたね。この一般人が興味を示しそうな娯楽に片端から背を向けて足で砂かけるような性格のハルヒがこともあろうに読書なんぞに興味を持つとは。この部屋の本来の持ち主である文芸部員に気を使ったのだろうか。んなわけないか。ただ単にいつもの気紛れの矛先がとうとう向ける場所を見失ったと見るべきだろう。何しろ今まで長門と一緒に過ごしてきても、一度も本を読もうとはしなかったわけだし。
本から顔を上げた長門が真っ直ぐにハルヒを見た。分かりにくいがこれは驚いてるのか?こいつが驚く場面に居合わせたことがほとんど無いから断言できないが、まあ驚いているんだろう。目がちょっと丸いし眉が心持ち平坦だし。
長門はそのまま読んでいたハードカバーのSFをぱたりと閉じると本棚の方へ向かうために立ち上がった。あっちは確か読み終わった本を仕舞っていくゾーンだったはずだ。どうやら自分の読み終えたものの中からハルヒの嗜好に合いそうなものを探して渡すつもりなんだろう。どんな内容の本をあいつが選ぶのか結構興味があるな。




ほどなく本棚から文庫本を何冊か抱えて戻ってきた長門は団長席の机の上にそれらをぱたぱたと積み上げる。飛車を切るべきか切らぬべきか悩みながら横目で見たところ、いわゆるライトノベルの有名なレーベルであるようだ。「学校を出よう!」とか「ボクのセカイをまもるヒト」とか出てたな、確か。ああいうのを長門が読むというのも意外な気がする。
「これ」
「ねぇ、これってどういうあらすじなのよ?」
「物理法則の一部を存在の情報を改変することで書き換えられる技術『魔法』を使う人造人間たちの登場するSF。青少年向けの出版物としては物理学の知識に裏打ちされている点が非常に難解であるのと同時にリアリティとしての説得力と学術的な知的興奮を与えてくれて秀逸」
ぶ。
パチリ。
「ええと、これでチェックメイトです。で、その歩でポンですね」
噴き出しかけたその瞬間に古泉が駒を進めた。おい待て、何でお前はそんなに平然としてるんだ。というか普通に負けそうな良手だなこれ。何だかよく分からないがこいつに負けるのだけは数ある並行世界の中の結末でも最も屈辱的な事象のような気がするのでかなり嫌だ。
「あっ、あつっ、あ、あちゅいですぅぅ〜!」
見ろ、朝比奈さんなんか驚きのあまりお茶を淹れる手元が狂ってあられもない悲鳴を上げているじゃないか。妙に色っぽいな、眼福ならぬ耳福だ。いや特によこしまな事を考えているわけではない。ないったらない。
「大丈夫ですよ、あのあらすじを聞いて反応できるのは彼女の正体を知っている人間だけ、つまり本人を除けば我々三人だけです。涼宮さんがその本を読んだところで何に気付けるわけでもありませんよ」
そりゃそうかも知れんがな。




まあこの時の俺の心理としてはハルヒの退屈が紛れるならそれに越したことはないし、ちょっとした不安程度で下手に逆らって機嫌を損ねてとばっちりを食うのは心底御免だったので、とりあえず「今週のSOS団は読書週間よ!」とか面倒なことをハルヒが言い出さないように祈っておく程度でこの一連の流れを放置してしまったわけだが。
もし俺も長門のように未来の自分と互いに連絡が取れるものだったら、どうにかしてこの時その本がハルヒの手に渡る事を阻止したに違いない。
ウィザーズ・ブレイン」とタイトルが冠せられたその本を。